従業員の肥満、予防と改善への働きかけ
- 健康情報
生活習慣の変化や運動不足により従業員の肥満が健康リスクとして注目されています。肥満は生活習慣病などの個人の健康問題だけにとどまらず、生産性の低下や医療費を含む社会保障費の増大にもつながるため、企業にとっても重要な課題です。健康経営の一環として、食生活の見直しや運動機会の提供など、予防と改善に向けた積極的な取り組みが求められています。
今回は従業員の肥満がもたらすリスクと企業としてできることについて解説します。
おすすめの資料
1.企業における肥満の現状とリスク

1-1 日本人の肥満の割合
厚生労働省の「令和5年(2023)国民健康・栄養調査」によると、日本人の肥満者(BMI25以上)の割合は、男性31.5%、女性21.1%で、男性は20代〜40代にかけて、女性は30代〜50代にかけて、肥満の割合が高くなっています。
肥満の原因としては、デスクワークの増加や長時間労働、不規則な生活習慣、運動不足などがあげられます。健康診断で肥満の指摘があっても、フォローアップが不十分で生活習慣の改善が進まないケースも多いことが問題となっています1-2 職場環境と肥満の関係
職場環境と肥満の関係は、働き方や生活習慣、心理的要因などが複雑に絡み合う多面的な問題です。
・デスクワーク中心の働き方と身体活動量の低下
多くの職種でパソコン業務が中心となり、1日の大半を座って過ごす時間が増加しています。オーストラリアなどの国際的な研究では、1日10時間以上座っている人は、5時間未満の人に比べて肥満の発症率が有意に高いと報告されており、長時間座っていること自体が肥満や糖尿病、心血管疾患のリスクを高めることがわかっています。また、在宅勤務の普及によって、今まではあった通勤による歩行などの軽度な運動機会が減少していることも肥満の原因としてあげられています。
・職場での食環境と偏った食生活
社員食堂やコンビニ、外食などを利用する機会が多い職場では、手軽さや満足感を優先した高カロリー・高脂質・高糖質な食事に偏りやすくなります。栄養バランスが崩れ、野菜やたんぱく質が不足しがちな食生活が続くことで、エネルギー摂取過多となり肥満につながります。また、昼食後に間食や甘い飲み物を取る習慣がつくことで、さらにカロリー摂取量が増加するケースもあります。一方で、企業によっては健康的なメニューを提供するヘルシー社員食堂やカロリー表示などの取り組みを導入し、従業員の意識改善を促している例も増えています。
・ 業務や人間関係等によるストレスや心理的要因
職場の人間関係、業務量、評価制度などによる慢性的なストレスも肥満の重要な要因になります。ストレスが高まると、ホルモン(特にコルチゾール)の分泌が増加し、食欲を刺激するほか、体脂肪の蓄積を促進します。実際に、厚生労働省などによる調査でも、「職場でのストレス反応が高い人ほど体重が増加しやすい」という傾向が報告されています。ストレス解消のために過食や飲酒に走るストレス性摂食も、肥満の悪循環を引き起こします。
1-3 肥満によって引き起こる健康リスク
肥満は単に体重が増えるだけでなく、身体全体の健康に多方面で悪影響を及ぼす要因となります。肥満によって引き起こされる主な健康リスクについて、代表的な疾患や心身への影響を解説します。
・生活習慣病の発症リスク増加
肥満は、糖尿病、高血圧、脂質異常症といった生活習慣病の大きな原因の一つです。
特に内臓脂肪型肥満では、脂肪組織から分泌されるホルモンや炎症性物質がインスリンの働きを妨げ、インスリン抵抗性を引き起こします。血糖値が上昇し、2型糖尿病の発症につながります。また、脂肪が増えると血液中の中性脂肪やLDLコレステロールが上昇し、動脈硬化の進行を促進します。さらに、体重増加に伴って血圧が上昇しやすくなるため、高血圧の発症リスクも増加してしまいます。
・心血管疾患のリスク上昇
肥満は、心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患の主要な危険因子でもあります。
肥満によって動脈硬化が進行すると、血管が硬くなり、血流が悪化します。これが心臓の冠動脈や脳の血管で起こると、血栓が詰まって心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす恐れがあります。また、肥満による高血圧や糖代謝異常、脂質異常が重なることで、心血管系に慢性的な負担がかかり、将来的な循環器疾患の発症リスクが大幅に上昇します。
・筋骨格系への負担
体重が増えると、腰、膝、股関節などの関節に過剰な負担がかかります。
特に膝関節では、歩行や階段の上り下りのたびに体重の数倍の力が加わるため、肥満によって変形性膝関節症が起こりやすくなります。また、肥満により体のバランスが崩れると、姿勢が悪くなり、慢性的な肩こりや筋肉痛の原因にもなります。これらの身体的負担は、活動量の低下を招き、さらに肥満を悪化させる悪循環を生み出します。
・ メンタルヘルスへの影響
肥満は身体的な問題だけでなく、心理的なストレスやメンタルヘルスの不調とも深く関係しています。体型に対する自己評価の低下や他者からの視線・偏見が、抑うつ感や自尊感情の低下につながるケースがあります。また、肥満による健康不安や職場でのパフォーマンス低下がストレス要因となり、うつ病や不安障害を引き起こすこともあります。さらに、ストレスから過食に走るなど、心身の不調が肥満を悪化させることも確認されています。
2.肥満が企業にもたらす影響とは?

肥満は個人の健康問題にとどまらず、以下のような点で企業に大きく影響を及ぼす可能性があります。
2-1 労働生産性の低下
肥満による体調不良や慢性的な疲労、集中力の低下は、プレゼンティーイズム(出勤していても十分に働けない状態)を引き起こします。また、肥満に関連する生活習慣病は、アブセンティーズム(欠勤している状態)の増加にもつながります。その結果、業務遅延やミス、周囲の負担増加に繋がり、企業の生産性損失につながる恐れがあります。実際、肥満者を多く抱える組織では、年間の労働損失コストが平均より高くなるという報告もあります。
2-2 職場の安全性の低下
肥満は身体機能や柔軟性の低下を招くため、転倒・けが・労働災害のリスクを高める要因になります。特に、製造業や運輸業など、身体的動作を伴う職場では、安全な作業動作が難しくなることがあり、労災発生率の上昇につながります。さらに、睡眠時無呼吸症候群による眠気や注意力の低下が重なると、機械操作や運転業務における事故リスクが高まります。
2-3 企業イメージの低下
健康経営が社会的に重視される現在、従業員の健康状態は企業の信頼性や社会的評価にも関わります。肥満や生活習慣病が多い企業は、「従業員の健康を軽視している」と見なされるリスクがあり、採用力の低下や企業イメージの下落を招くこともあります。一方で、健康経営を推進し、肥満対策や生活習慣改善に積極的な企業は、従業員満足度や企業価値の向上に成功している例も多く見られます。
肥満の予防・改善は単に健康管理ではなく、経営戦略の一環として捉えることが重要です。定期的な健康診断を基にしたフォローアップ、運動促進プログラム、職場における食環境の見直しなどを通じ、従業員の健康づくりを組織的に支援することが、企業の持続的成長につながります。
3.従業員の肥満予防のため、企業が行うべき取り組み

従業員の肥満予防のために企業が行うべき取り組みを、実践しやすいステップ形式で解説します。肥満対策は一過性の施策ではなく、データ分析→環境整備→定着支援というサイクルで継続的に行うことが重要です。
3-1 Step1.肥満に関する職場内のデータ分析
まず取り組むべきは、産業医と連携して現状の正確なデータを把握することです。健康診断や特定保健指導の結果、ストレスチェックなどのデータを活用し、従業員の肥満率、BMI分布、生活習慣の傾向を分析します。
分析の際には、職場環境との関連性を意識しましょう。例えば、長時間座位の業務、残業の多さ、食事時間の不規則さなど、体重増加を助長する職場要因を洗い出すことが重要です。データ分析によって体重が増えやすい職場環境が見えてくると、次の改善ステップに具体的な方針を立てやすくなります。
3-2 Step2.分析したデータをもとに肥満を増やさない職場環境の改善を行う
現状を把握したら、次は環境づくりと行動変容の支援です。肥満予防は個人の努力に任せるのではなく、企業として「健康的な選択をしやすい職場」を整備することが鍵となります。その際は、産業医だけでなく、衛生管理者や健康管理担当者、労働組合、一般従業員を巻き込んで全社的に取り組むことが望まれます。
【環境改善・取り組み例】
・健康づくり委員会や安全衛生委員会の設置
定期的に健康課題を話し合い、肥満対策の目標や施策を共有する場を設ける。
・座りすぎ対策
オフィスに立ち仕事スペースやスタンディングデスクを導入し、自然に身体活動量を増やす。
・食環境の見直し
社員食堂での「減塩・低脂質メニュー」の提供、自動販売機の飲料を低糖タイプへ変更。
・産業保健スタッフによる支援
保健師や管理栄養士による食事・運動指導、健康相談窓口の設置。
・ストレス対策の充実
定期的なストレスチェックやメンタルヘルス研修を実施し、過食や不眠による肥満リスクを軽減。
・働き方改革との連携
長時間労働の是正や休暇取得の促進など、ワークライフバランスを改善し、生活リズムの乱れを防ぐ。
3-3 Step3.従業員への健康教育
環境を整えるだけでなく、従業員一人ひとりの行動変化を促し、継続的にフォローアップする仕組み作りが必要です。
【具体例】
・定期的な健康チェックや体組成測定を実施し、変化を「見える化」する。
・目標設定型の健康プログラム(例:ウォーキングキャンペーン、歩数競争、体重チャレンジ)を導入することで、楽しみながら継続できる。
・成果の共有・評価を行い、健康改善者を表彰するなど、モチベーション維持の工夫を行う。
・取り組みの効果を年次で分析し、PDCAサイクルとして次年度の健康経営計画に反映する。 など
3-4 Step4.特定保健指導を基にした個別指導
特定保健指導を基にした個別指導は、従業員一人ひとりの健康状態や生活習慣に合わせて行う、生活習慣病や肥満予防のための支援です。これは、特定健康診査(メタボ健診)の結果に基づき、肥満や高血圧、脂質異常、高血糖などのリスクが高い人を対象に実施されます。指導はリスクの程度に応じて動機づけ支援と積極的支援に分かれ、保健師や管理栄養士などの専門職が継続的に支援します。初回面談では、生活習慣や食事、運動、ストレスの状況を把握し、本人の意思を尊重しながら現実的な改善目標を設定します。その後、電話やオンライン面談などを通じて3~6か月間、行動の継続をサポートします。支援後には体重や検査値の変化を確認し、成果を評価します。
企業としては、健康診断データを産業医や保健スタッフと共有し、対象者の受診促進や就業時間内の面談調整、職場全体の健康課題の分析を行うことが重要です。こうした個別支援は従業員の健康意識を高めるだけでなく、生活習慣病の発症予防、医療費の抑制、生産性の向上、さらには健康経営の推進にもつながっていきます。
まとめ:職場全体で肥満予防に向けた健康づくりを!
職場での肥満予防は個人の努力だけでなく、企業全体で取り組むことが重要です。長時間のデスクワークや不規則な食生活、ストレスなど、職場環境は体重増加に大きく影響します。そのため、健康的な食環境の改善や運動機会の提供、働き方の見直しなど、組織として健康づくりを支援する体制が求められます。産業医や保健スタッフと連携し、健康診断の結果を活用することや特定保健指導などを通じて、従業員一人ひとりの意識と行動の変化を促すことが大切です。職場全体で健康を支え合う風土を育てることが、肥満の予防だけでなく、生産性の向上や企業の持続的な成長にもつながります。企業全体で健康づくりを後押ししましょう。
おすすめの資料